2016-04-30

仟燕家モノ 他





仟燕家モノ

〈仟燕〉は〈カジョウ〉と読む。1998年の小説「調教師奏者の孤独」に登場する仟燕白霞の末裔として、第一期『渦とチェリー新聞』に寄稿した掌編「蒸身」にて仟燕色馨を登場させたことから始まるシリーズ。第二期『渦とチェリー新聞』で連載中。また、『破滅派 10号』でも「粉闇」に登場させている。「調教師奏者の孤独」は私家製小説集『The Inner privates of mental-core』収録、また『渦とチェリー新聞』特別号にて推敲を施し「仟燕家発端」として掲載。仟燕色馨シリーズは、推理小説へのオマージュであろうとしている。

第二期『渦とチェリー新聞』での仟燕家モノタイトル。「蒼彩」「霜走」「疾醒」「連釘」「皐弥」「雹色」「界釘」・・・












創作熟語シリーズ

第一期『渦とチェリー新聞』寄稿以降、掌編寄稿では、創作二字熟語をタイトルに冠し、日本語の文学を意識した作品作りに取り組んでいる。









事件は都心から少し離れた交番のなかで起こったそうだねと次の授業の用意をしながら隣の席の女にいう。数秒してそうよ忍くんというその口調はまるで活き活きとしておらずでも世間の反応同様起こされた事件の内容に気分を悪くしているからでは全くなく理由は低血圧以外の何物でもなくショートカットで髪の明るいその女はむしろいつもより元気なのだ。小さな交番のデスクがすべて外に放りだされ代わりに別の机が置かれていたという。市川忍くんとそれでも坦々とだが突然女が男に向けてフルネームで呼ぶ。なんだよまたバキュームベッドで黒い圧迫感を味わいたいのという気怠そうな男の声を遮って違うしといつもより低い声で女が返すのはこんな場所でそんな話しないでと怒ったからだ。気持ちの悪い早業だと男が事件の詳細を思い返していう。代わりに置かれた机は二つの死体の肉を固めて作られていたのだという。ただの悪趣味とも違うね何しろ現場が交番なんだから。そうよだから貴方のお知り合いと貴方が言い張る仟蒸色馨の出番だとは思わない。その名を、かじょうしきか、という。最初の一語をセンとは読まない。彼曰く受け継いだ名字であるため理由は分からないという。あるとき試しに市川忍がグーグル検索で 仟 カ と打ち込むとピーディーエフファイルが文字化けしたリストが並んだという。女はまだ何か言いたげだったが次の授業の合図を示すチャイムがその流れを途絶えさせる。永遠さえ想起させる静寂の狭間に忍び寄る不規則なコツコツと黒板の上で鳴り渡るチョークの音。男は微睡んでいる。その左手薬指にはゴム製であるにもかかわらず縄の模様が彫られた指輪。なるほどと男が思う。二つの死体の肉で机を作るとなると交番のデスクほどの大きさだったとしてあまり重厚なものは大してできなさそうだね骨組みというか張りぼてというかどうだろう。被害者はと男のなかでもう一人の声が響く。中年の男女だそうだよ。犯人の捕まる見込みは。まったくないね警察は大方の夜の街に捜査を進めたようだが。きみの親しいあのなんて名前だったかな忘れたその警部補はどう見ている。犯人は五十代から六十代だと。転向左翼のSMマニアによる犯行だとでも思ってるんだろう。ご名答。きみはどう思う。見てはないけど職人技能に感嘆するよプレス機でも持ってるのかな。そのとき隣の席の女から手紙が回される。その文面はこうだ。ねぇ事件のこと考えてたら興奮してきちゃった・・お昼休みに体育倉庫で遊ばない・・作業用の黒ゴム手袋なら持ってきてる・・渡邉咲。男はじいっと手紙のほっそりとした文字を見たあと首の角度を四十五度変えて広い窓から青い空を見渡す。なんだったっけ。そこから見える灰色の外壁の体育館の窓から僅かに覗き見下ろせるバスケの授業をしている生徒たち。男はふいに眼鏡をかけて黒板を見る。気怠い手捌きで白いチョークによって複数の線が合理的文字列を構成しているそれらすべてをものの数秒で編集してノートに書き込む。犯人には、心当たりがある。

弓なりの月の光を背後に男が物静かな住宅地を歩く。確かにSMマニアという線は悪くないが夜の街に捜査を進めたところで犯人の居場所にまでは行き渡らない。ここは仟蒸家の近くだね。闇を啜る者らは街という薄明るい場所にさえ出てこないもの。幼少以来だ懐かしいなぁ。一人で懐かしんでいろ。そうやって脳裏で会話する男が通りを一人黙々と進む。仟蒸色馨はすでに犯人を確信している。だが市川忍は思い当たる者がなぜあのような猟奇的犯行に及んだのか理解できない。その者の名前は分からない。五十鈴川と名乗っていたのも随分前だ。師が昔マンションの一室でサロンをしていたとき何度か毎回違うM女を連れて福岡から遥々わざわざきていたというのが五十鈴川だったが男もサロンがしまわれる直前の頃だが親に連れられ通っていたため一度会ったことがある。福岡からというのはおそらく嘘で今歩いているこの界隈の奇妙な場所を借りてそこを拠点にしていたことが師の調べで分かっている。壁だ。市川忍が呟く。これはこの壁の向こうで火災が起こり以降怪異が続いたため封鎖されたといういわくつきの壁。ぐるっと通りを回る。廃屋だ。ここを潜り抜けることで先の壁によって唯一立ち入れなくなった古い納屋の前に出られる。そうか思いだしたよ五十鈴川はそこにこっそり隠れていたんだ。納屋を持っていた家自体はもう取り壊され新居が立っているがその納屋だけいわくつきのため放置されたという話だ。時折月光が差し込むだけの廃屋をぎしぎし歩み木製の扉を幾度か開けると棄てられた縁側に出て地面は途中で途切れ昔に舗装されたままの両端が閉ざされた短い道を横切ってまた地面の上へ。納屋の前に立つ。不気味だなと市川忍がいう。月に照らされ美しいじゃないかと仟蒸色馨がいう。すぐにでも壊れそうな腐りかけた茶褐色の木でできた小さな建造物。周辺に生い茂る雑草の類い。誰もいなさそうだね。その言葉を無視し仟蒸色馨が納屋にそっと手をつく。ぬめっとした感触が市川忍を震えさせる。やはり五十鈴川はこの納屋を街から完全に独立させるためにわざと火災を発生させ壁を作らせるために不気味な現象を幾度も演じたのだろうか確かに気味の悪い会話を師としていた例えば女の首を切り落として机に並べてちびちび日本酒を飲んで観賞したいだとか此のような願望を持つ者は疑われやすいから世間で目立っては駄目なのだとも。無言のまま仟蒸色馨は目を閉じ何かを探っている。一つのからだであるため同様に目を閉じ納屋に手をかけている市川忍が陽炎のような男でもあったし細い鋼のような男でもあったなと思いだしたあとこれだけ世から身をくらまし続けたというのに何故あんな目立った犯行をと付け足し更にそういえば五十鈴川は捕まり獄中で死んだと師はいってなかったかと気づく。きみは五十鈴川が犯人だと考えてずっと思考を巡らしているが犯人は五十鈴川の元にいたM女の一人だよ。なんだって。当時M女のようにしていたが性質は別物であった者となると絞り込むことはきみでも流石に容易だろう。幼い頃に見た光景を市川忍は必死で思いだそうとする。その気になれば男の幾らかを手足のように扱えそうな女が一人いただろう。納屋・・。市川忍は納屋にまつわる一人の女をその顔さえも記憶から掘り起こしはっとする。きみが思いだしたならもう任せるよ市川忍クン。




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