2016-04-30

仟燕家モノ 他





仟燕家モノ

〈仟燕〉は〈カジョウ〉と読む。1998年の小説「調教師奏者の孤独」に登場する仟燕白霞の末裔として、第一期『渦とチェリー新聞』に寄稿した掌編「蒸身」にて仟燕色馨を登場させたことから始まるシリーズ。第二期『渦とチェリー新聞』で連載中。また、『破滅派 10号』でも「粉闇」に登場させている。「調教師奏者の孤独」は私家製小説集『The Inner privates of mental-core』収録、また『渦とチェリー新聞』特別号にて推敲を施し「仟燕家発端」として掲載。仟燕色馨シリーズは、推理小説へのオマージュであろうとしている。

第二期『渦とチェリー新聞』での仟燕家モノタイトル。

散文に刺さる釘 「蒼彩」「霜走」「疾醒」「連釘」「皐弥」「雹色」「界釘」「醒瞼」「街潤」「魔弦」「発釘」「逢幻」 全12話
崔凪と慧探偵事務所 「崔凪」「慧商」「闇霙」「拆発」「十匕」「蒼縁」「影都」「冷都」
読み切り 「蒸身」「白渠」
・・・
蜃気楼の境界 →第1話から *『渦とチェリー新聞』連載中

渦とチェリー新聞過去倉庫 *リンク切れ












登場人物一覧


釘: 「散文に刺さる釘」編, 舞台2017
界: 「蜃気楼の境界」編, 舞台2016
他: 「崔凪と慧探偵事務所」編(舞台2014), 他



仟燕家関連

市川忍 (いちかわしのぶ) 二重人格者. 仟燕色馨(かじょうしきか)という人格を持つ主人公

市川敬済 (たかずみ) 忍の父. 歓楽街案内人. 燕で学んだ緊縛を嗜む
市川絢香 (あやか) 忍の母, 忍の幼少時に離婚. 旧姓は諏本(すもと)
市川哲弥 (てつや) 忍の伯父(父の兄), ゴムフェチ 【釘】

仟燕白霞 (かじょうびゃくか) SMクラブ燕-えん-運営後, SMサロン燕を運営し, 現在, 仟燕家のみを持つ
梢子 (しょうこ) 百戦錬磨のM女 【釘】
五十鈴川 (いすずかわ) 
在原基平 (ありわらもとひら) 在原行平末裔の縄師 【釘】
氏内李江 (しうちりえ) スナック白渠(はくきょ)ママ
鳶沢惣 (とびさわそう) ペスカタリアン
永易彩芽 (ながいあやめ) 転校生 【釘】



生徒・教師

渡邉咲 (わたなべさき) 市川忍の同級生
六角凍夏 (むすみとうか) 文化琳三部主催. 虚無僧キャラの清山琳三(きよやまりんぞう)を描く 【界】
大谷美保 (おおたにみほ) 文化琳三部 【界】
吉岡園子 (よしおかそのこ) 文化琳三部 【界】
中河原津久見 (なかがわらつくみ) 美術部 【釘】【界】

茨城潔 (いばらききよし) 国語教師, 文化琳三部の顧問 【界】
紅井洸 (くれないひかる) 体育教師 【釘】
東川玲花 (ひがしかわれいか) 理科教師 【釘】

忍の中学時代の同級生(当時のバスケ部員)
* 石川原郎(いしかわはらろう)/ 克村哲也(かつむらてつや)/ 伊東硫(いとうりゅう)/ 中静未知(なかしずかみち)



敬済女人集

僡逢里 (えあり) えありん 【釘】【界】
悠里 (ゆうり) 【界】【他】
珠季 (たまき) 【釘】
三条采伽 (さんじょうさいか) 登場後, 女人集に 【釘】



警察関係

高橋定蔵 (たかはしていぞう) 戸塚警察署の警部補
妻夫木涼真 (つまぶきりょうま) 上野署巡査 【釘】
大明一耕助 (だいみょういちこうすけ) 武蔵野署巡査, 妹が手伝う



慧探偵事務所 関係 【界】【他】

仲本慧 (ナカモトサトシ) 本名ではない. 幼名は聪聪(コンコン). 父は上海育ち
崔凪 (サイナギ)
山住真淑 (ヤマスミマスミ) 浙江省出身の崔裕貞(ツェイ・ユジョン)
夜完燮 (야완섭 ヤ・ワンソプ)
沢井月/焔 姉妹 (サワイツキ / ホムラ) 崔凪邸で働く双子の使用人
和泉龍二 (いずみりゅうじ) 高齢のスピリチュアリスト
■一番窓口 賀川真緒 (かがわまなお)
■二番窓口 橋本冷夏 (はしもとれいか)
■三番窓口 田中凪月 (たなかなつき) 妹は田中真凪(まな)
■四番窓口 桜眞由美 (さくらまゆみ)
邓明昊 (ドン・ミンハオ) 仲本慧とともにかつての池袋の二青龍
姚雨桐 (ヨウ・ユートン)
井上雀風(いのうえじゃくふう)



麻雀ラウンジ「千代女」 【界】

浅井千代女 (あさいちよめ) 「千代女」経営者(ママ). 以下「五鬼」
五藤珊瑚 (ごとうさんご)
志那成斗美 (しななとみ)
紫矢弥衣潞 (しややいろ) 沛里(はいり)を子に持つ
弐宮苺 (にきゅういちご)
柵虹那奈 (さくにじなな)
西クロシヤ (にしくろしあ) 引退



朔密教(さくみつきょう) 【界】

石文弥古 (いしぶみやこ) 元芸能人
明日香良安 (あすかりょうあん) 明治の設立者
倉町桃江 (くらまちももえ) 二代教主
明正昭平 (めいしょうあきひら) 倉町桃江の夫, 内科医



他、現代

佐野豊房 (さのとよふさ) 建築家 【界】【他】
明智珠子 (あけちたまこ) 【界】【他】
佐々木幻弐 (ささきげんじ) 【界】
宮地散花 (みやじさんか) 【界】
小佐渡一富 (こさどかずとみ) 【釘】
立岡洋次 (たておかようじ) ビデオボックス店長, 三条采伽の元恋人 【釘】
木屋融 (きやとおる) IPO連続殺人事件の犯人
犬窪克也 (いぬくぼかつや)
安東希章 (あんどうきしょう)
北村宏陸(きたむらひろみち) 安東希章の同級生
芦辺菜々 (あしべなな) 夫は芦辺明比古(あきひこ)
成田良子 (なりたりょうこ) 他、未亡人の筧知沙, 筧有三, 相続に貪欲だった帯広克二 / 新島詩野 / 壱岐沙矢 / 石見仄華 / 上五島佳
浅暮花音 (あさぐれかおん) 山井井月(やまいいづき)二畳蒸発事件の依頼人
増田野理夫 (ますだのりお)



他、古代

月亮闇霙 (げつりょうあんえい) 【界】【他】
六角義綱 (むすみよしつな) 暮露, 子に六角源内(げんない) 【界】
浅井千代能 (あさいちよの) 歩き巫女 【界】
親清女 (ちかきよのむすめ)
中原角大夫 (なかはらのかくだゆう) 親清女を愛した










創作熟語シリーズ

第一期『渦とチェリー新聞』寄稿以降、掌編寄稿では、創作二字熟語をタイトルに冠し、日本語の文学を意識した作品作りに取り組んでいる。









事件は都心から少し離れた交番のなかで起こったそうだねと次の授業の用意をしながら隣の席の女にいう。数秒してそうよ忍くんというその口調はまるで活き活きとしておらずでも世間の反応同様起こされた事件の内容に気分を悪くしているからでは全くなく理由は低血圧以外の何物でもなくショートカットで髪の明るいその女はむしろいつもより元気なのだ。小さな交番のデスクがすべて外に放りだされ代わりに別の机が置かれていたという。市川忍くんとそれでも坦々とだが突然女が男に向けてフルネームで呼ぶ。なんだよまたバキュームベッドで黒い圧迫感を味わいたいのという気怠そうな男の声を遮って違うしといつもより低い声で女が返すのはこんな場所でそんな話しないでと怒ったからだ。気持ちの悪い早業だと男が事件の詳細を思い返していう。代わりに置かれた机は二つの死体の肉を固めて作られていたのだという。ただの悪趣味とも違うね何しろ現場が交番なんだから。そうよだから貴方のお知り合いと貴方が言い張る仟蒸色馨の出番だとは思わない。その名を、かじょうしきか、という。最初の一語をセンとは読まない。彼曰く受け継いだ名字であるため理由は分からないという。あるとき試しに市川忍がグーグル検索で 仟 カ と打ち込むとピーディーエフファイルが文字化けしたリストが並んだという。女はまだ何か言いたげだったが次の授業の合図を示すチャイムがその流れを途絶えさせる。永遠さえ想起させる静寂の狭間に忍び寄る不規則なコツコツと黒板の上で鳴り渡るチョークの音。男は微睡んでいる。その左手薬指にはゴム製であるにもかかわらず縄の模様が彫られた指輪。なるほどと男が思う。二つの死体の肉で机を作るとなると交番のデスクほどの大きさだったとしてあまり重厚なものは大してできなさそうだね骨組みというか張りぼてというかどうだろう。被害者はと男のなかでもう一人の声が響く。中年の男女だそうだよ。犯人の捕まる見込みは。まったくないね警察は大方の夜の街に捜査を進めたようだが。きみの親しいあのなんて名前だったかな忘れたその警部補はどう見ている。犯人は五十代から六十代だと。転向左翼のSMマニアによる犯行だとでも思ってるんだろう。ご名答。きみはどう思う。見てはないけど職人技能に感嘆するよプレス機でも持ってるのかな。そのとき隣の席の女から手紙が回される。その文面はこうだ。ねぇ事件のこと考えてたら興奮してきちゃった・・お昼休みに体育倉庫で遊ばない・・作業用の黒ゴム手袋なら持ってきてる・・渡邉咲。男はじいっと手紙のほっそりとした文字を見たあと首の角度を四十五度変えて広い窓から青い空を見渡す。なんだったっけ。そこから見える灰色の外壁の体育館の窓から僅かに覗き見下ろせるバスケの授業をしている生徒たち。男はふいに眼鏡をかけて黒板を見る。気怠い手捌きで白いチョークによって複数の線が合理的文字列を構成しているそれらすべてをものの数秒で編集してノートに書き込む。犯人には、心当たりがある。

弓なりの月の光を背後に男が物静かな住宅地を歩く。確かにSMマニアという線は悪くないが夜の街に捜査を進めたところで犯人の居場所にまでは行き渡らない。ここは仟蒸家の近くだね。闇を啜る者らは街という薄明るい場所にさえ出てこないもの。幼少以来だ懐かしいなぁ。一人で懐かしんでいろ。そうやって脳裏で会話する男が通りを一人黙々と進む。仟蒸色馨はすでに犯人を確信している。だが市川忍は思い当たる者がなぜあのような猟奇的犯行に及んだのか理解できない。その者の名前は分からない。五十鈴川と名乗っていたのも随分前だ。師が昔マンションの一室でサロンをしていたとき何度か毎回違うM女を連れて福岡から遥々わざわざきていたというのが五十鈴川だったが男もサロンがしまわれる直前の頃だが親に連れられ通っていたため一度会ったことがある。福岡からというのはおそらく嘘で今歩いているこの界隈の奇妙な場所を借りてそこを拠点にしていたことが師の調べで分かっている。壁だ。市川忍が呟く。これはこの壁の向こうで火災が起こり以降怪異が続いたため封鎖されたといういわくつきの壁。ぐるっと通りを回る。廃屋だ。ここを潜り抜けることで先の壁によって唯一立ち入れなくなった古い納屋の前に出られる。そうか思いだしたよ五十鈴川はそこにこっそり隠れていたんだ。納屋を持っていた家自体はもう取り壊され新居が立っているがその納屋だけいわくつきのため放置されたという話だ。時折月光が差し込むだけの廃屋をぎしぎし歩み木製の扉を幾度か開けると棄てられた縁側に出て地面は途中で途切れ昔に舗装されたままの両端が閉ざされた短い道を横切ってまた地面の上へ。納屋の前に立つ。不気味だなと市川忍がいう。月に照らされ美しいじゃないかと仟蒸色馨がいう。すぐにでも壊れそうな腐りかけた茶褐色の木でできた小さな建造物。周辺に生い茂る雑草の類い。誰もいなさそうだね。その言葉を無視し仟蒸色馨が納屋にそっと手をつく。ぬめっとした感触が市川忍を震えさせる。やはり五十鈴川はこの納屋を街から完全に独立させるためにわざと火災を発生させ壁を作らせるために不気味な現象を幾度も演じたのだろうか確かに気味の悪い会話を師としていた例えば女の首を切り落として机に並べてちびちび日本酒を飲んで観賞したいだとか此のような願望を持つ者は疑われやすいから世間で目立っては駄目なのだとも。無言のまま仟蒸色馨は目を閉じ何かを探っている。一つのからだであるため同様に目を閉じ納屋に手をかけている市川忍が陽炎のような男でもあったし細い鋼のような男でもあったなと思いだしたあとこれだけ世から身をくらまし続けたというのに何故あんな目立った犯行をと付け足し更にそういえば五十鈴川は捕まり獄中で死んだと師はいってなかったかと気づく。きみは五十鈴川が犯人だと考えてずっと思考を巡らしているが犯人は五十鈴川の元にいたM女の一人だよ。なんだって。当時M女のようにしていたが性質は別物であった者となると絞り込むことはきみでも流石に容易だろう。幼い頃に見た光景を市川忍は必死で思いだそうとする。その気になれば男の幾らかを手足のように扱えそうな女が一人いただろう。納屋・・。市川忍は納屋にまつわる一人の女をその顔さえも記憶から掘り起こしはっとする。きみが思いだしたならもう任せるよ市川忍クン。




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